『ウルフ・オブ・ウォールストリート』の手口は日本のどの条文に当たるか|158条・159条とSNSの煽り

台の上で拡声器を持つ人物と、それを見上げる群衆のシルエット。一人の発信が多数に届く構図。

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『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年・マーティン・スコセッシ監督)は、浪費と狂騒の場面ばかりが記憶に残ります。しかし物語を動かしている仕組みそのものは、驚くほど地味です。

安い株を先に自分たちが仕込み、電話で他人に買わせて値を上げ、上がったところで自分たちが売り抜ける。これだけです。いわゆるポンプ・アンド・ダンプ(pump and dump)で、いま日本のSNSで起きていることと構造は変わりません。

では、この手口は日本の法律のどこに当たるのか。条文を実際に引いて確認しました。結論から言うと、多くの解説記事が書いている罰則の記載は、いま古くなっています。

ポンプ・アンド・ダンプの値動きの図。低位で横ばいだった相場が急騰し、山の手前で発信者が売り抜け、その直後に情報を見た人が買い、その後は建値を大きく下回って崩落する。
目次

まず158条 ― 「何人も」

多数の升目のあちこちが色づき、条文が身分を限定せず誰にでも及ぶことを示した図

金融商品取引法158条(風説の流布、偽計、暴行又は脅迫の禁止)は、こう定めています。

何人も、有価証券の募集、売出し若しくは売買その他の取引若しくはデリバティブ取引等のため、又は有価証券等(…)の相場の変動を図る目的をもつて、風説を流布し、偽計を用い、又は暴行若しくは脅迫をしてはならない。

金融商品取引法158条(e-Gov 法令検索より引用・括弧内の定義部分を省略)

注目すべきは冒頭の「何人も」です。

インサイダー取引の166条は、規制の対象を「会社関係者」とそこから情報を受け取った者に限っていました。158条にはその限定がありません。上場会社と何の関係もない一般の個人投資家が、そのまま名宛人になります。

「風説」とは合理的根拠のない情報、「偽計」とは他人を欺く計略を指すと解されています。映画で描かれる電話越しの誇大なセールストークは、日本でやればここに落ちます。

🔴 SNSの一行が、そのまま条文に当たる場合がある

1つの発信が5方向へ広がっていくことを示す分岐の図

ここからが、映画より現代的な話です。金商法159条2項は「有価証券売買等を誘引する目的」をもって行う3つの行為を禁じています。そのうち2号を読んでください。

…上場金融商品等又は…店頭売買有価証券の相場が自己又は他人の操作によつて変動するべき旨を流布すること。

金融商品取引法159条2項2号(e-Gov 法令検索より引用・一部省略)

よく読むと、この号には売買が要件として書かれていません。「流布すること」だけで構成されています。見せ玉のように注文を出す必要も、株を持っている必要もありません。

日本語に直すと、こういう発信が射程に入りうるということです。

  • 「この銘柄、仕手が入っている
  • 大口が集めているらしい。来週飛ぶ」
  • みんなで買えば上がる。◯日◯時に一斉に」

いずれも「相場が誰かの操作によって動く」という趣旨を広めるものです。同項3号はさらに、誘引目的をもって「重要な事項について虚偽であり、又は誤解を生じさせるべき表示を故意にすること」を禁じています。数字を盛った実績スクリーンショットは、ここに近づきます。

もちろん「誘引する目的」が要件なので、単なる感想や分析まで違法になるわけではありません。ただしその目的は、内心の申告ではなく発信の内容・繰り返し・自分の建玉との時間関係から外形的に判断されます。「煽るつもりはなかった」は、それ自体では防御になりません。

フォロワー数の下限はありません。条文は「何人も」としか書いていないからです。

罰則 ― もう「懲役」ではありません

197条1項の1,000万円と2項の3,000万円という罰金の上限差を、面積の違う2つの四角で示した図

157条・158条・159条の違反は、金商法197条1項5号にまとめて置かれています。そして同項の柱書は、現在このようになっています。

次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、十年以下の拘禁刑若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

金融商品取引法197条1項柱書(e-Gov 法令検索より引用)

「懲役」ではなく「拘禁刑」です。2022年に成立した改正刑法が2025年6月1日に施行され、懲役と禁錮は拘禁刑に一本化されました。金商法を含む特別法の法定刑も、あわせて書き換えられています。いまも「10年以下の懲役」と書いている解説は、その時点で更新が止まっています。

さらに重いのが197条2項です。

次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、十年以下の拘禁刑及び三千万円以下の罰金に処する。

金融商品取引法197条2項柱書(e-Gov 法令検索より引用)

1項が「若しくは…又はこれを併科する」(どちらか、または両方)なのに対し、2項は「及び」です。罰金だけで済ませる選択肢がありません。対象は、財産上の利益を得る目的で1項5号の罪を犯し、相場を変動させてその相場を利用した場合です。ポンプ・アンド・ダンプで実際に売り抜けた行為が、まさにこれに当たります。

稼いだ分は残らない ― 198条の2

映画の結末でベルフォートは逮捕され、築いたものを失います。日本法にも同じ機能の条文があります。

金商法198条の2は、197条1項5号・6号や2項の罪の犯罪行為により得た財産を「没収する」と定め、没収できないときはその価額を犯人から追徴するとしています。使ってしまっても、消えてしまっても、金額として追いかけられるということです。

加えて課徴金があります。刑事事件にならない場合でも、行政処分として金銭の納付を命じられます。

条文対象
173条158条違反(風説の流布・偽計)で価格に影響を与えた者
174条159条1項違反(仮装売買・馴合売買)
174条の2159条2項1号違反(誘引目的の一連の売買=変動操作)
174条の3159条3項違反(違法な安定操作)

いずれも「命じなければならない」という書き方です。裁量で見送る条文にはなっていません。法人が絡めば、207条1項1号により法人に7億円以下の罰金刑が別途科されます。

ここからが本題 ― 煽られる側の話

レバレッジ2倍・5倍・10倍・20倍で耐えられる逆行率を比べ、20倍の短さを強調した横棒の図

ここまでは煽る側の話です。しかしこの記事を読んでいる人のほぼ全員は、煽られる側にいます。

タイムラインに「この銘柄が来る」という投稿が流れてきたとき、それは次の3つのどれかです。

  1. 純粋な意見・分析
  2. すでに仕込んだ人が、買い手を集めるために出しているポジショントーク
  3. 159条2項に触れうる発信

そして、この3つを投稿の見た目から区別することはできません。2と3は、1とまったく同じ文体で書けるからです。むしろ2と3のほうが、文章がうまいのが普通です。売るために書かれているのだから当然です。

だから「情報の真偽を見抜く」は解決策になりません。見抜けないことを前提に置くしかない。ではどうするか。

情報の質で身を守るのをやめて、建て方で身を守る

これはマネー・ショートの記事で書いたことの裏返しです。あちらは「正しくても、耐えられる時間がなければ負ける」という話でした。こちらは「正しいかどうか分からない情報でも、耐えられる時間さえあれば即死はしない」という話です。

煽りに乗るとき、何が起きているか

煽りに乗る買いには、共通する性質が3つあります。

  • 入る場所が高い。投稿が回ってくるのは、すでに動いた後だから
  • 急いでいる。「乗り遅れる」という感覚が、サイズの計算を飛ばさせる
  • 出口が決まっていない。他人の理由で入ったので、切る理由を自分で持っていない

3つ目が一番重い。建てた理由が他人の投稿である以上、その投稿が消えても、自分の建玉は消えません。

そこで数字に落とします。CFDのロスカット水準を20%とすると、耐えられる逆行はレバレッジで決まります。

耐えられる逆行 = 0.8 ÷ レバレッジ
実効レバレッジ耐えられる逆行煽り銘柄で起きること
20倍4%その日の高値づかみで、ほぼ確実に届く
10倍8%翌日の反落で届く
5倍16%数日の調整には耐える
2倍40%話が嘘でも、判断する時間が残る

※ 必要証拠金ちょうど・ロスカット水準20%とした単純計算です。実際の水準と計算方法は各社で異なります。

煽られて動いた銘柄が翌日4%戻すのは、まったく普通のことです。つまり20倍で煽りに乗るという行為は、「その投稿が正しいか」を検証する前に退場する設計になっています。情報を疑う以前の問題として、検証する時間を自分で買っていない。

逆に言えば、レバレッジを下げることは「他人の話を信じなくて済む状態」を買うことです。倍率の話は、実は情報リテラシーの話でもあります。株式CFDの証拠金の記事で、この計算を銘柄ベースで詳しく書いています。

自分が発信する側になるとき

3つの門のうち1つが閉じ、発信してよいことと越えてはいけない線があることを示す図

最後に、当サイトにも跳ね返る話を書いておきます。

158条も159条も「何人も」です。個人のアカウントであること、収益化していないこと、少人数にしか届いていないことは、条文上の除外事由になっていません。持っている銘柄について発信するなら、少なくとも次の2つは自分で線を引いておく必要があります。

  • 「誰かの操作で上がる」という趣旨を書かない。159条2項2号は、売買がなくても成立しうる形になっています
  • 根拠のない数字・加工した実績を出さない。誘引目的があれば同項3号に近づきます

当サイトが個別銘柄の売買を勧めず、取引条件・制度・法令の側だけを書いているのは、この線を越えないためです。「どの銘柄が上がるか」は書けませんが、「どういう建て方なら生き残るか」は書けます。そして後者のほうが、結局は長く効きます。

まとめ

記事で扱った6つの論点が1本に集まることを示す収束の図
  • ポンプ・アンド・ダンプは158条(風説の流布・偽計)の射程。条文は「何人も」で、166条のような身分の限定がない
  • 159条2項2号は「流布すること」だけで構成されており、売買も保有も要件になっていない
  • 罰則は197条1項=10年以下の拘禁刑もしくは1,000万円以下の罰金(併科可)2025年6月1日から「懲役」ではなく「拘禁刑」
  • 利益目的で相場を変動させ利用すると197条2項=10年以下の拘禁刑「及び」3,000万円以下の罰金で、罰金だけの選択肢が消える
  • 198条の2で没収・追徴、別に課徴金(173条・174条・174条の2・174条の3)、法人には207条1項1号で7億円以下
  • 煽られる側の対策は情報の真偽ではなく実効レバレッジ。20倍は4%で終わり、投稿の正しさを検証する時間が残らない

出典・注記

  • 金融商品取引法157条・158条・159条・173条・174条・174条の2・174条の3・197条・198条の2・207条は、e-Gov 法令検索の法令データ(法令ID 323AC0000000025)から本記事執筆時点の条文を直接確認したもの
  • 懲役・禁錮の拘禁刑への一本化=刑法等の一部を改正する法律(令和4年法律第67号)、施行日 令和7年(2025年)6月1日
  • 証券取引等監視委員会「金融商品取引法における課徴金事例集~不公正取引編~」、同「告発の現場から④」
  • 映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年公開/マーティン・スコセッシ監督)
  • ロスカット水準20%・実効レバレッジの計算は説明のための単純化であり、実際の判定方法・水準は提供業者により異なります

本記事は制度と法令の一般的な解説であり、特定の行為の適法性を判断するものでも、法律相談に応じるものでもありません。個別の事案が条文に当たるかどうかは事実関係によって異なります。判断に迷う場面では弁護士にご相談ください。また本記事は投資判断や特定の銘柄の売買を勧誘するものではなく、当サイトの運営者は金融商品取引法上の投資助言・代理業の登録を受けていません。記載は執筆時点の情報に基づきます。

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