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映画で描かれる相場の犯罪は、たいてい海外の話です。しかし日本の個人デイトレーダーが、実際に告発された事件があります。しかも証券取引等監視委員会が、その経緯を自ら文書で公表しています。
「告発の現場から④ ― ネット取引による『見せ玉』等の手法を用いたデイトレーダー・グループによる相場操縦事件 ―」。個人が板を見ながらやっていた取引が、どこで犯罪になったのか。一次資料から追います。
何が起きたか

証券取引等監視委員会は平成21年9月29日、早稲田大学の投資サークルOBらで構成されたデイトレーダー・グループ3名を、東京地検に告発しました。
告発の対象になった犯則事実は、平成18年6月19日の1日に行われた3件です。
| 銘柄 | 動かした株価 | 売り付けた株数 |
|---|---|---|
| 日立造船 | 156円 → 161円 | 139万3,000株 |
| 日立造船(同日2回目) | 161円 → 163円 | 70万2,000株 |
| 三井鉱山 | 265円 → 277円 | 33万6,000株 |
注目すべきは所要時間です。監視委の文書によれば、3件とも取引開始から2〜3分というごく短時間で完了しています。動かした値幅も5円、2円、12円。派手さはありません。
そして彼らは、告発対象の3件以外にも何年にもわたり常習的に相場操縦を繰り返し、不正な利得は数十億円にのぼったとされています。六本木ヒルズなどの高級マンションに多数のパソコンを持ち込み、インカムで連絡を取り合いながら板を見ていた、と記されています。
手口の分解

監視委の説明を追うと、手順は4段階でした。
- 買い上がり買付け — 場に出ている売り注文に高値の買い注文をぶつけて実際に買い上がる。板を見ている他の投資家には「買いが旺盛で株価が上がっている」ように見える。同時に、これが後で売り抜けるための仕込みになる
- 提灯が付く — 流れに乗ろうとした一般投資家の買い注文が入ってくる
- 見せ玉 — 最良買い気配のやや下値に、約定させる意図のない大量の買い注文を入れ、厚い買い板を作る。「これだけ買いが厚いなら、もう一つ上を入れよう」と上値に注文が集まる
- 売り抜け — 集まってきた上値の買い注文に、仕込んだ株をぶつけて売却。その後、自分が出していた見せ玉は取り消すか、指値を引き下げて約定しないようにする
普通の注文取消と、何が違うのか

ここが個人トレーダーにとって最も気になるところだと思います。指値を出して、状況を見て取り消す——これ自体は誰でもやります。
金商法159条2項が禁じているのは、「有価証券の売買等を誘引する目的をもって」行う一連の売買や注文です。条文の中心にあるのは目的です。監視委の説明でも、見せ玉は「板情報画面に表示される価格帯に買い付ける意図の認められない約定優先順位の低い買い注文をまとまった数量で発注する行為」と定義されています。
つまり分岐点は「約定させるつもりがあったか」。そして、その内心は注文の出し方のパターンから推認されます。
ここで効いてくるのが、監視委が文書の中で明かしている事実です。特別調査課の「株価班」が、嫌疑者の発注行為を秒単位で再現・分析する独自のプログラムを開発・活用し、それが立件につながったと書かれています。東証arrowheadによる高速化にも対応させていく、とも。
発注・訂正・取消の履歴は全部残っていて、秒単位で再生されます。一回の取消が問題になるのではなく、パターンが証拠になるということです。
罰則は軽くない

金商法197条1項5号は、159条違反に対して10年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金、またはその併科を定めています。
さらに同条2項に加重処罰の規定があり、財産上の利益を得る目的で相場を変動させ、その変動させた相場で売買を行った者には、10年以下の懲役「及び」3,000万円以下の罰金が科されます。「もしくは」ではなく「及び」——懲役と罰金が必ず両方科される形です。
そして監視委は、本件がこの加重処罰規定の初適用事案であると明記しています。
監視委自身の言葉

この文書が異例なのは、書きぶりが率直なことです。小規模な見せ玉事案について「ゲーム感覚で、あまり罪の意識もなく、ついやっちゃったのかなあ」と思うような事案もある、と率直に書いています。ネット取引の非対面性が犯罪への心理的ハードルを下げている、という指摘もあります。
そして文書は、こう締めくくられています。
ネットは監視されている!必ず摘発される!
証券取引等監視委員会「告発の現場から④」
トレーダーが持ち帰るもの

この事件から読み取れるのは、「悪いことをするな」という話だけではありません。
- 自分の注文履歴は全部残り、秒単位で再現できる。これは監視される側から見れば脅威ですが、自分の取引を検証する材料が同じだけ残っているということでもあります
- 線を引いているのは行為ではなく目的。同じ「指値を出して取り消す」でも、意図と反復のパターンで評価が変わる
- 2〜3分の取引が、10年以上あとまで記録として残る。短期売買ほど、記録の密度は高くなります
ちなみに、彼らが数十億円を得ながら告発されたのは、手法の巧拙ではなく、その手法が禁止行為だったからです。勝っていたかどうかは関係がありませんでした。マネー・ショートの記事で書いた「正しさと儲けは別」という話の、裏返しの例だと思います。
本記事の範囲

本記事が扱ったのは、取引所に上場された株券の売買に関する事案です。CFDや店頭デリバティブ、海外業者を経由した取引について、相場操縦規制がどう適用されるかは別の検討が必要で、本記事の範囲外です。断定できないことは書きません。
また、SNSでの銘柄への言及がどこから金商法158条(風説の流布・偽計)に触れるのかも、しばしば話題になりますが、個別の判断は事実関係によります。気になる場合は弁護士にご相談ください。
出典
- 証券取引等監視委員会「告発の現場から④ ― ネット取引による『見せ玉』等の手法を用いたデイトレーダー・グループによる相場操縦事件 ―」(金融庁ウェブサイト掲載)
- 金融商品取引法 159条(相場操縦行為等の禁止)、197条1項5号・2項(罰則および加重処罰)
- 日本取引所グループ「相場操縦規制」
本記事は公表されている資料にもとづく一般的な解説です。特定の取引の適法性について判断するものではなく、法律相談に応じるものでもありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。当サイトの運営者は金融商品取引法上の投資助言・代理業の登録を受けていません。記載は執筆時点の情報に基づきます。
